「この世界の片隅に」に1ミリも感動できなかった理由

 いまアニメ界の名作映画として多くの人に賞賛されている「この世界の片隅に」。

 アレを見て、いろいろと思うことがあったので、今日はその感想をブログに記してみたいと思う。日本の戦争映画って大体「反戦ゴリ押し」の映画が多いが「この世界の片隅に」は確かに凄い映画だった。なんか最初見たとき困惑したんだけど、とにかく説明がないのだ。中盤で「妊娠した?」みたいなシーンがあるんだけど妊娠した!とか一言もいわずに夫の周作と「あ」って見つめ合うだけ。しかもあとで妊娠してなかったってことがわかるんだけどその描写が「2人分の朝食から1人分の夕食」に変わる場面を見せるだけ。映画の終盤で「手のあざ」をすずの妹が見せるんだけどもこのあざが何なのかも全く説明がない。登場人物が死ぬと号泣演技が続くのが日本映画の特色だが、晴美が死ぬ場面を見て欲しい。安易な表現を用いずに「晴美の巾着袋」を何気な~く見せるだけ。あまりにエレガントな小道具の使い方に思わずうなった。まー深読みしだしたらキリがない映画なんだけど「じゃあ傑作だったか?」と言われると、この映画、なんかすごーくモヤっとするんだよね。このモヤっと感はなんだろう。とずっと考えていたんだが例えば戦争が終わった時。この映画の登場人物は日常生活を淡々と続けるだけで「なんでこんなことになったんだ?」的な思考回路が全くない様に見えた。空から爆弾が振ろうが政治的無関心。子どもが地雷で死のーがどこにも怒りの矛先を向けない。戦争を極端に言えば「災害」みたいなものと捉えている。こういう戦争を「災害」と捉えてしまう人々を皮肉っぽく描いたのかなあ、と一瞬思ったりもしたが、そういう視点で見ても、・・・なんか描き方が中途半端じゃねーかな。と思った。だってよ。配給は減って苦しい。声も上げられない。そういう時代に生きてるわけでしょ。この映画は確かにそういう時代を「苦しいもの」として描いてはいるけどでも本質的にもっと描くべきだった部分は、そういう体制に国民が服従した部分じゃないの?「イケイケー」と戦時体制に屈服した時代をもっと克明に描くべきだったんじゃないか。と思った。実際、日本人の多くは戦争を大いに楽しんでいた(南京が陥落したときは提灯行列ができたぐらい)ところが映画ではそういう日本人の姿も描かれないし、そういう国民を「メディアが散々煽りたて戦争に巻き込んだ」姿もほとんど描かれないのである。憲兵隊は描かれていたけど実際はもっと巧妙だったでしょう。例えば思想教育として「修身」の授業が戦意高揚に利用されてたんだけど修身の授業もとくに描かれない。戦争協力の為の「隣組」ってのが出てくるわけ。これがまた嫌な団体で、ご近所さんで集まった団体なんだけど「隣組」を通じて配給が行われたから少しでも戦争に反対したりしたら、隣組から配給券を配給されず、食うや食わずの生活を強制的に強いられていた。そこらへんも特に描かれないのだ。

 そもそも、この映画、だれと戦ってるのかもよくわからない。アメリカという単語すらあまり出てこないのだ。でも実際の戦時下はアメリカを敵視しまくってたでしょう。戦争中の小学生が書いた日記「少女たちの学級日誌」を読んだら「敵米兵をたたきつぶしてしまえ」とか荒っぽいスローガンがバンバン出てくるわけ。当時の日本は子供も軍国主義に毒されるほど愛国イロモノスローガンに満ち溢れていた。そういう部分もまったく描かれないのだ。
 確かにすずは頑張り屋さんだ。どんな不幸にも「適応」する強い女の子だ。そういうすずの姿が、口コミでヒットする要因になったんだろうとは思う。でも、そういうすずの適応能力や、すずの強さって、権力者に「都合がいい」だけで、権力者に利用される危険性を秘めた強さだと思った。
 すずは、自分の運命や自分の幸せを決める決定権が「誰かに握られている」ことに最後まで気づかないのである。たしかに彼女の忍耐力は凄い。「我慢して、耐え忍ぶ」という意味において彼女の能力は限りなくズバ抜けている。が、でもそれは本当に我慢すべきことなのか。社会の方が変わるべきなんじゃないか。という感覚が恐ろしいほど欠落している。のはとても怖いことだと思った。 主人公に悲惨な傷を負わせた戦争には必ず原因があるのに「もともとの原因」を考えず思考が止まっているなら、そういう人間は、これから先も何度でも戦争に巻き込まれる可能性がある。主人公を不幸にしたのは「多少迷惑でも我慢しよう」と言うマゾヒズム的な性質が原因なのだがそれに本人は気づかず(いや、ラストの敗戦で怒りが沸いてきて気づきそうになるが)その怒りは持続せず、ご飯を食べたら一瞬で忘れてしまう。
 ラスト。「この世界の片隅に」のエンディングは「家族愛」というナイーブな結論でふわぁ~と終わっていたけどそこもどうも嫌だった。だって人を戦争に駆り立てる一番の名目が「家族愛」でしょ。家族がレイプされるとか過酷な作戦で死んでいった兵隊たちも「家族を守るため」という名目で死んでいった。 「家族愛」って平和につながんないだよね。むしろ戦争を助長してしまう性質がある。そういう美辞麗句で権力を握る人々が普通の庶民をいかに戦争に動員したかが、あんまり描けてない。いや名作やで。名作やと思うけど。あれだけのことが起こってもそれを引き起こした根本的な問題は何一つ解決してないんじゃないか。映画を見ながら、なんか違和感だけが残ったんだが。

 

1944?1945年 少女たちの学級日誌 瀬田国民学校五年智組

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