石田衣良の小説が破壊的にオシャンティーすぎた件

 石田衣良の小説がなんかすごいらしい。前々から書こうと思って先延ばしにしてたんだけど。文学シーンではちょっと話題になっているので知ってる人もいるかもしれないけど、その「すごさ」の実態を知る人はさほど多くいないように思う。
 なにがすごいって「あまりにオシャンティーすぎる」というのである。春樹レビューに対する感想を見ていると「多崎つくるより石田衣良のほうがオシャンティーだ」という意見をたまに目にし、あれ以上があるのか!?と、三度の飯よりオシャンティーが好きな自分としては、これは是非とも読まねばらなぬ、と、すぐさま書店へ向かい、その小説を手に入れ読んでみたのだ。そして読んでみて思ったこと。たしかにこれはなかなかにオシャンティーだ。春樹にちょっと謝罪したくなった。春樹の某小説を「イカ臭いサラリーマンの妄想小説」と言ったけど、イカ臭いサラリーマンの妄想小説はこの石田氏のほうである。でもこれはケナしてるわけじゃないの。むしろ褒めてる。イカ臭い妄想小説なんてネガティブな意味合いで聞こえがちだけど、今回の小説に至ってはそうではないの。これはれっきとした褒め言葉だよ。敵への惜しみなき賞賛かもしれない。春樹がノーベル賞を逃した今、平和だったオシャンティー界隈に突如として現れ、均衡を揺るがしたこの大型新人。石田衣良。とてつもない才能。大型新人とかじゃ生ぬるい。これはもうテポドンだ。
 己のオシャンティーを誇示するもの。それを「痛い」と言って断罪するアン・オシャンティー勢。その長きに渡る死闘に趨勢を決しかねない、このオシャンティー勢からのあまりにもな急先鋒の登場に、一旦、撤退を余儀なくされるアン・オシャンティー勢。そこでオレが尖兵となってこのオシャンティーのバケモノと一戦交えてみたいと、できることなら一矢報いたいという気持ちでこの書評を書いてみようと思った。

 

 石田衣良。夜の桃。

  

夜の桃 (新潮文庫)

夜の桃 (新潮文庫)

 

 

 この小説のすごいとこ。それはオシャンティーへの「お膳立て」が完璧にしつらえてあることなのである。主人公はいわゆる「できる男」だ。広告企業の社長をつとめ、社員に慕われている。そして昼は仕事人としての才覚をフルに発揮し、夜は日夜、男としての欲望をハッスルさせまくる。この男、40にしてとてつもない性豪なのである。そんでもって愛人とセックスばっかりしてる。愛人とセックスするし、嫁はんともセックスする。何かというとセックスだ。数えたんだけど小説のなかで「13回」ぐらいセックスしてる。やりすぎだろそれってぐらい。いい仕事。いい愛人。いいセックス。まぁ簡単に言うと、そんなプチブル・ドンファンを地で行く小説なんだけど、もう内容からしてすごいのである。

 しかもこの主人公。愛人とセックスするんだけど、やたらめったらアフォリズムめいたことをほざくのである。たとえば愛人を裸にしてラブホテルのベッドに寝かしつけた時に<太>「成熟した尻が、目のまえいっぱいに広がっていた。これも見事な自然の景色だと雅人は思った」</太>(P14)とか、<太>「女は海の味だった」</太>(P15)とか、なにが海の味だよってぶっ殺したくなるけど、これをぶっ殺したくなるやつなんか誰もいなくて、愛人に至っては「ねぇどうして」「雅人さん、やらしい」ってずーっとアエいでんの。そんでいざ挿入!ってなったときに「なぜ女たちは自分を受け入れてくれるのだろう」(P17)とか、なんか言い始めて、そんでパコってなった瞬間「それは数十センチの果てしない旅だった」(P17)とかぬかし始める謎のポエマー。そんでセックスし終わったあとは、愛人のおっぱい眺めながらふと・・・
 「麻衣佳の乳輪は濃くておおきい。遊んでいるといわれる形だが、崩れているのが逆に雅人の好みだった」(P21)
 ・・・崩れてるのが逆に好みなんだって・・・知らねーよ・・・。
 
 そんで愛人も愛人なら嫁はんもすごい。フラワーアレンジメントの教室やってるっていう設定のすごいベタな主婦なんだけど、もう身なりからしてオシャンティーなのである。怖いぐらいに。朝っぱらから「おはよう」ってリビングきて、フツーにTシャツ着てるんだけど、ドルチェ&ガッバーナの長袖シャツっていう(P31)、朝っぱらからスゲェ無駄にオシャレなTシャツ着てんの。
 そんでそんなスゲェ無駄に高貴なTシャツ着た嫁はんから「朝ごはん何食べる」って聞かれて、主人公もオシャンティーだから「クロワッサンをひとつ、あっためてくれればいいよ」(P31)・・・って、クロワッサンひとつ、あっためてくれればいいよ、だってよ。
 そんでそのクロワッサンを置いた皿がこれまた「バリ島に行ったときに買った真っさらな皿」って、ただの「皿」にいちいち「バリ島」がひっついてくるこの羽振りの良さ。そしてそのクロワッサンを最終的にちぎって、濃いカフェオレにひたし、食べ始める主人公。はっきり言って、クロワッサンをちぎってカフェオレに浸しながら食べるやつにロクなやつはいない。と思うが、そんなことはこの小説の前ではすべて不問なのである。
 「雅人は考えた。今この瞬間、自分ほど幸福な人間はいないかもしれない。仕事は順調で、妻は美しく、愛人は最高のベットパートナーだった」(P29)
 とにかく良き仕事。良き妻。良き愛人。
 に囲まれた男の本懐を見事に成しとげた主人公。
 勝ち組然としたステータス。
 
 しかし、そこにひとりの女がやってくる。主人公が働く南青山のオフィスに若手社員として千映っていう25歳の女だ。主人公はその子に惚れてしまうのだ。
 それで翌日から、その千映ちゃんのことが気になってしょうがなくなる主人公。しかし社内恋愛は禁止のうえ、すでに愛人を持つ身だ。

 そんでこの小説、男のロマンというか、前述したようにイカ臭いサラリーマンの妄想小説だから(もちろん褒めてる) 主人公がいいなって思った女は、確実に向こうも「いいわね」って振り返ってくれるんですよ。わたしはどうも同世代がダメみたいなので、奥山さんのような大人の人がいいです(P112)ってメール来て、そんで一回、バーで身の上話聞いたら、「このあと、わたしの部屋にきてくれませんが・・・雅人さん」ってもうそのまま愛欲ランデブーといか、ちょっと話しただけなのに、もう下の名前で呼ぶとか、なんかすごい早いなって思うけど、もうそこはイカ臭い妄想だから余計なこと考えたらダメだ。
 そんで部屋にきたら艶やかな感じで女のほうが「わたし、社長室で最初に雅人さんを見たときに思ったんです。あぁこの人だったんだって」(P135)って服脱ぎ始めて「雅人は舌をつかうことも忘れ、千映の唇をむさぼっていた」(P136)と、さっそくヘビーペッティング開始だ。まぁここまではどう考えてもそうなるわな、というか、想定内ではある。しかし、問題はそのあとだった。

 「千映ちゃんは、始めてなのか」
 うつむいたまま、千映はうなずいた。
 「・・・・・はい」        P138


 なんと処女だったのだ。びっくりだ。

 なにがびっくりかって・・・・・・・・・・・
 その設定のいらなさにびっくりだ・・・。
 ここら辺から妄想風味が強くなっていく。いや、男のロマンだなこれは・・・。
 その証拠に、この千映ってキャラクター。「処女」というフツーなら性に関して足かせになりそうなステータスなのに、ありがたいことになぜか主人公の愛撫には処女らしからぬ感度のいい反応を見せてくれるのである。
 雅人は立ちあがり、千映の熱い身体を抱きしめた。てのひらが女の身体にふれると、そこからしびれるような快感が流れてくる。千映も声を漏らしていた。
 「あの・・・・こういうのが・・・普通なんですか・・・雅人さんにさわられてるだけで・・・身体中がおかしくなる」 (P138)

 処女のわりに、あまりに敏感すぎる女であった。

 

 そしてそんな敏感すぎる女にいよいよ挿入となる。
 しかし向こうは処女だ。はたしてうまくいくのか。しかしその読者の淡い不安はすぐに打ち消された。
 

 (これが肌があうってことなんだろうか)(P143)

 ・・・・・・・・・・知らんがな・・・。


 このようにこの小説のハイライトであるセックスシーンには、まるで男の妄想を具現化したような、すごく「ぬるい官能的な乳繰り合い」が、繰り広げられるのであった・・・。
 良き妻。愛人。そこにさらに同僚の千映ちゃん(愛人2号)が加わり、ドンファンっぷりにさらに磨きがかかり、アンモラルで危険なラブロマンスへと突入していくのであった。
 翌日、前日の千映とのドッキングでもはや骨抜き状態になる主人公。その日から千映ちゃんのことしか考えられなくなる主人公。しかし事態は深刻だ。さすがのハッスルプレーヤーでも二人の愛人を抱えるのは並大抵ではない。

 さぁどうする?というとこまで物語は危険な綱渡りと化していく。

 千映のマンションに行くと、そこにはもうホテりきった千映がいるのだ。
 そしてベットインだ。マットレスに千映を横たわらせ、優しい愛撫をする主人公。声を上げる千映。そしていよいよインサートに差し掛かる。ゆっくりと内部をたしかめるようにインサートしていく。しかしあるポイントに差し掛かったところで、ある変化が起きる。つけ根まで収まる直前のことである。千映のなかで、またあの変化が起こった。(P162)なんの変化だ?と一瞬、思うのだ。だがその答えはすぐに明かされるのであった。
 それまではゆとりがあった千映の性器の内部が、雅人のペニスにあわせて形を変えたのである。(P162)
 
 なんか形を変えたらしい。と同時に、何なんだその現象は・・・と、プリミティブな疑問が浮かんでくるシーンだ。
 
 「あっ」
 と千映は声を上げる。

 雅人は千映の奥を突くように腰を押しつけ、ゆっくりとまわした。
 逃げ場を失ったクリ○リスが悲鳴をあげる。(P163)


 逃げ場を失ったクリ○リスが悲鳴をあげる・・・ってすげー表現だな。
 
 
 そんなこんなで、こんな酸っぱい描写にいちいち目を凝らしてたら話が進まないので、ストーリーに戻ると。とにかく泥沼の不倫劇は、ラストに向かって、それ相応の幕切れを迎えるんだ。浮気がバレてしまうのだ。
 しかもそのバレ方が悲惨なのである。まず最初に千映とのマンションの前でラブラブしていると、それを千映の父親に目撃される。しかもその父親。タチの悪い詐欺師なのである。主人公の会社にやってきては「うちの娘と不倫してたでしょ? 奥さんに黙ってといてやるからお金ちょーだい」ってたかってくるのである。焦る主人公。しかしそれだけでは終らない。なんと愛人1号にも浮気がバレる。浮気をしている友達同士で「秘密の共有」していたら、一方のカップルの浮気がバレて、なし崩し的に千映との関係が愛人一号に知られてしまう。そんで愛人一号に別れを突きつけられ、その愛人が嫁さんに密告して、嫁さんにもバレ、離婚を告げられる。しかもこの嫁も浮気していたのである。最悪だ。そんでもって千映。妊娠する。もうひどい。とにかくラストにかけて猛スピードで乱高下していく主人公。

 とくに千映の妊娠は主人公にとって予想外のものだったらしい。(あんな中出ししてたら当然だろって思うが)できてしまったものは仕方がない、と腹をくくる主人公。しかし不幸はこれだけは終わらなかった。なんと千映が失踪してまうのである。「この子はひとりで生んで、立派に育てます」という書置きを残したまま。詐欺師の父親というヤッカイな存在を考え、主人公に迷惑がかかるなら、このまま消えてしまおう、との心づもりだったらしい。慌てて探し出す主人公。しかし時すでに遅し。もうすでに完璧に身支度をすませ、見つからないように姿をくらましていた。嫁に離婚され、愛人に逃げられ、千映もどっかいってまう。今までの愚かさを清算するかのように三連コンボで女たちに愛想をつかされる主人公。三人の女のあいだで幸福な四角関係に酔っていたのに、それがほぼ一日で崩れ落ちようとしている。(P343)
 ざまーみろと言いたくなるが、この小説はどうやらこういうストイズムのかけらもない色男に「お灸を据える」みたいなことがしたかったのかな、と一瞬思いかけた。しかし甘い。この小説は、そんな安直なところには着地しない。
 主人公は打ちのめされ、反省して心を改めるとか、そういう結論に行くのかなって思ってたらこの小説はもっと高い次元に着地する。最後の最後で、「雅人のなかで、ずるりと新しい欲望が動き出した。女たちは去り、女たちは来る」(P367)と言って、主人公がコンビニでたむろってた知らない女をナンパするところで終わるのだ。びっくりする。サオ主体なところはまったく変わらずだ。要は「開き直り」である。いいのか・・それで? 

 しかもその声のかけ方もまたかゆい。「長い夜だったね。おはよう」(P367) 長い夜だったね・・・おはよう、だ・・・。しかもこれでナンパ成功するからすごい。最後までイカ臭いロマンを完遂する。これはこれで「あり」なのかもしれない。
 というか、これ読んでて思ったけどこの小説、春樹の「国境の南、太陽の西」そっくりだな・・・。主人公の性欲ボルテージの高さとか、サオ主体な生き様とか、一人の女のカラダに異様に固執するくだりとか・・・こういうただの「いかれポンチ」を、知的に、ポエジーに、エレガントに描くという点ではすごくこの二人、似ているのである。もうたぶん同じ血を分けた兄弟なのかもしれない。
 でもこの小説の真価は、ぜひ読んで見て判断して欲しいのよ。貶してるように見えるけど、こんなにオシャンティーなものを堪能できるだけでも幸せなんだよ。それだけも読んだかいがある。これからもオシャンティーなものを真摯に見つめていきたい、と思った。

 

 

夜の桃 (新潮文庫)

夜の桃 (新潮文庫)